「クライアントから支給された素材で制作して、納品した。後から、その画像に著作権の問題があることがわかった」
相談を受けたとき、制作担当者はこう言いました。「でも、画像を持ってきたのはクライアントです。うちには関係ないはずでは?」
それは正しいでしょうか。残念ながら、「持ってきたのはクライアント」だからといって、制作会社が完全に免責されるわけではありません。著作権侵害は、権利者が「誰に対してでも」差止請求・損害賠償請求できる権利です。そして、侵害物を実際に世に出した(掲載した・印刷した・配布した)のが制作会社であれば、その行為の責任は制作会社にも及びます。

著作権侵害における「知らなかった」という主張は、差止請求を免れる根拠にはなりません(著作権法第112条)。損害賠償については過失の有無が問われますが、「確認できたはずなのに確認しなかった」と判断されれば過失となります。
この記事では、広告代理店・制作会社・フリーランスが直面する著作権リスクのリアルと、実務に組み込める自衛策を具体的に解説します。
・なぜ「クライアントが用意した」が完全な免責にならないのか——法的な仕組み
・制作現場でよく起きる4つのリスクパターン
・「発覚タイミング」によって対応コストがどれだけ変わるか
・契約書・発注フロー・確認書に組み込むべき自衛策の具体例
・問題が起きてしまった後の対応フロー

1.「クライアントが用意した」が免責にならない理由
(1)著作権法が定める「差止請求」の対象は広い
著作権法第112条は、著作権者が「著作権を侵害する者又は侵害するおそれがある者」に対して、侵害の停止・予防を請求できると定めています。この条文が重要なのは、「故意・過失がなくても」差止請求の対象になりえるという点です。
つまり、クライアントから受け取った素材に問題があったとしても、それを使用した印刷物・Webサイト・広告の配布を止めるよう求めることができるのです。
(2)損害賠償においては「過失」が問われる
損害賠償(著作権法第114条)については、故意・過失の有無が問われます。「知らなかった」が認められれば賠償が免れる場合もありますが、「合理的な注意を払えば知ることができた」と判断されれば過失となります。
・クライアントから素材の出所・ライセンスについて確認を取ったか
・不自然に高品質な画像の出所を確認したか
・過去にも同じ素材を使っていたとしても、その都度確認したか
・外注先が使った素材について確認フローを持っていたか
(3)「使用した者」に責任が及ぶ仕組み
著作権侵害の文脈で「実際に侵害を行った者」として問われるのは、侵害物を実際に複製・展示・公衆送信した者です。クライアントが問題のある素材を用意したとしても、それを実際にWebに掲載し・印刷し・配布したのは制作会社です。問題の「出発点」がクライアントであっても、「実行者」の責任が消えるわけではありません。
2.現場でよく起きる4つのリスクパターン
どんな場面でリスクが高まるかを、具体的に把握しておくことが重要です。
(1)出所不明の「社内素材」を受け取るケース
「社内に昔からあった画像です」「前の担当者が用意した素材集です」として渡される素材は特に注意が必要です。入手元の記録がなく、ライセンスも不明な素材は、著作権問題を抱えている可能性があります。長く営業している企業ほど、この種のリスクを抱えていることが多いです。

疑うというより、「言ったことの記録を残しておく」という発想が重要です。後から問題が発覚した際、「クライアントがそう説明していた」という記録(メール・議事録等)があれば、過失の度合いを軽減できます。口頭だけでは証拠になりません。
(2)ライセンス範囲を超えた素材の使用
ストック素材には「スタンダードライセンス」「エクステンデッドライセンス」などの区分があり、用途によって異なるライセンスが必要です。クライアントが「スタンダード」で購入した素材を、「エクステンデッド」が必要な用途(大量印刷・屋外広告・商品プリント等)に使用するケースが起きています。
・社内ポスターに使っていた素材を屋外広告(大判印刷)に転用した
・Web用に購入した素材をパッケージ印刷に使用した
・個人ライセンスで購入した素材を複数クライアントの制作物に流用した
・有効期限付きライセンスを更新せずに使い続けた
(3)過去案件の素材の流用
以前の案件で使用したストック素材を、別のクライアントの案件に流用することがあります。多くのストックフォトサービスは「1ライセンス1プロジェクト」が原則であり、異なるクライアント向けの制作物への流用はライセンス違反になります。社内の素材管理が属人的になっている制作会社では、知らないうちに流用が起きていることがあります。
(4)外注・フリーランスが使った素材の責任
制作の一部をフリーランスや下請け会社に委託した場合、外注先が使った素材の著作権問題は誰の責任になるでしょうか。クライアントへの最終納品者(元請け制作会社)が責任を問われる場合があります。外注先が独自に調達した素材に問題があっても、それを組み込んだ成果物を納品したのは元請けです。

外注先がそう言っていたことの記録は残りますが、それだけで元請けが免責されるとは限りません。外注先への発注時に「素材のライセンス証明を納品時に提出すること」を契約に盛り込んでおくことで、問題発覚時の責任の帰属を明確にできます。
3.発覚タイミングが「対応コスト」を決める

著作権問題の対応コストは、発覚するタイミングによって指数関数的に増大します。
・①制作中に発見:素材の差し替えのみ。コストほぼゼロ
・②納品前に発見:修正・再納品のコスト。スケジュール調整が必要
・③納品後・公開前にクライアントが発見:回収・修正・再納品。信頼に傷がつく
・④公開後・外部から指摘:公開停止・回収・修正・対外説明。クライアントとの関係悪化リスク
・⑤権利者から請求・訴訟:弁護士費用・和解金・損害賠償・風評リスク
同じ問題でも、①と⑤では対応コストが何十倍も変わります。「発見のタイミングを早める仕組み」が、リスク管理の本質です。そして最も早いタイミングで発見するには、制作フローの中に確認ステップを組み込むしかありません。
4.実務に組み込む自衛策
完璧な確認は難しいですが、「確認しようとしたプロセスを標準化し、記録を残す」ことで、問題発生時の立場を大きく変えることができます。
(1)クライアントとの契約書に著作権保証条項を盛り込む
新規・継続クライアント問わず、制作委託に関する契約書には以下の条項を盛り込むことを推奨します。
・「クライアントが支給する素材について、著作権はクライアントが有するか、使用許諾を適法に取得していること」
・「支給素材に起因する著作権上の問題については、クライアントが全責任を負うこと」
・「著作権問題発覚時の損害(回収費用・制作やり直し費用等)のうち、支給素材に起因するものはクライアントが補償すること」
これらの条項は「相手を疑っている」という意味ではなく、「お互いを守るために責任の所在を明確にする」という説明をすると、多くのクライアントは理解します。この条項がある・なしで、問題発生後の交渉の出発点がまったく変わります。
(2)素材受け取り時の確認フローを標準化する
クライアントから素材を受け取る際に、以下の確認を行い、メール等で記録に残します。
・□ 素材の出所(自社撮影・購入先・フリー素材サービス名)
・□ ライセンスの種類・範囲(スタンダード/エクステンデッド等)
・□ 使用期限(期限付きライセンスの場合)
・□ 使用可能な用途・掲載媒体・地域
・□ 人物写真の場合、モデルリリースの有無
・□ ロゴ・商標が含まれる場合、使用許諾の有無
口頭確認は「確認した証拠」になりません。メール・チャット・確認書のいずれかで文字として残すことが必須です。
(3)外注先への発注に著作権条件を明示する
・「使用する素材はすべて第三者の著作権を侵害しないものであること」
・「使用素材のライセンス証明を納品時にリストとして提出すること」
・「素材に起因する著作権問題の責任は外注先が負うこと」
・「問題発覚後の対応費用(回収・やり直し等)は外注先が負担すること」
(4)納品前の素材リスト確認
納品前の最終チェックとして、制作物に使われたすべての素材をリスト化し、ライセンス確認を行います。
・複数のスタッフが関わったプロジェクト(誰がどの素材を使ったか把握しにくい)
・過去の素材を流用している制作物
・外注パーツを組み込んだ最終納品物
・画像・動画が大量に使われているPDF・冊子・動画コンテンツ
すべての素材を毎回精緻にチェックすることは現実的ではありませんが、高リスクな状況での確認を標準化するだけでも大きな効果があります。
5.問題が発覚した後の対応フロー
万一問題が発覚した場合、初動対応の速さと誠実さが、その後の関係性と法的リスクを大きく左右します。
・①即時停止:問題のある素材を含む公開物の掲載・配布を速やかに停止する
・②クライアントへの報告:事実関係と現在の対応状況を速やかに共有する
・③素材の出所確認:クライアントに書面で素材の出所・ライセンスを確認する
・④権利者の特定:逆画像検索・業界団体への相談等で権利者を特定する
・⑤弁護士への相談:対応方針を固める前に法的アドバイスを得る
・⑥修正・再納品:権利者と合意後、問題素材を差し替えた版を準備する
・⑦再発防止:確認フローの見直しと社内共有を行う

感情的にはそう思いたいところですが、クライアントとの関係を維持する観点からは、「一緒に対処するパートナー」として動くことが長期的な信頼につながります。法的な責任の所在は交渉・裁判で明確にしつつ、外部への対応は共同で行う姿勢が重要です。
6.よくある質問(FAQ)
Q. クライアントから受け取った素材に著作権の問題があった場合、制作費を返金しなければなりませんか?
A. 制作費の返金義務は、契約内容・問題の内容・どちらの過失が大きいかによります。契約書に著作権保証条項が盛り込まれていて、クライアントが誤った素材を提供したことが明確であれば、制作会社の返金義務はないと主張できる余地があります。一方、確認を怠った過失がある場合は一部返金を求められる可能性があります。弁護士に相談することを推奨します。
Q. フリーランスとして受けた仕事で、クライアントから渡された素材を使ったら問題が発覚しました。どうすればいいですか?
A. まず使用を停止し、クライアントに事実を報告します。フリーランスであっても「実行した者」として差止請求の対象になりえますが、過失がなかった(合理的な確認を行っていた)ことを示すことで損害賠償を免れる可能性があります。記録の有無が明暗を分けることになるため、今後は確認記録を必ず残してください。
Q. 古いプロジェクトで使った素材のライセンスが不明になっています。今から確認・整理は必要ですか?
A. 現在も公開・配布中のコンテンツであれば、確認・整理は必要です。すでに非公開になっているコンテンツは優先度が低いですが、同じ素材を再利用する可能性がある場合は整理しておくことを推奨します。
Q. クライアントが「自社撮影の写真」と言っていたが、実はネットで見つけた画像だったと後からわかりました。制作会社はどう対処すべきですか?
A. 虚偽申告をしたのはクライアントであり、制作会社が「そう告げられた」という記録(メール等)があれば、過失の度合いは軽減されます。ただし、差止請求は受ける可能性があるため、まず使用を停止し、弁護士に相談したうえでクライアントとの交渉を進めます。その際、契約書の著作権保証条項が有効に機能します。
7.まとめ——「確認した事実」だけが守りになる
・①「クライアントが用意した素材」を使った制作会社も、差止請求の対象になりえる
・②リスクパターンは4つ:出所不明素材・ライセンス範囲超過・素材の流用・外注素材の問題
・③発覚タイミングが早いほど対応コストは小さい。フローへの確認組み込みが本質
・④自衛策の核は3つ:契約書への著作権保証条項・素材確認フローの標準化・記録の保管
・⑤問題発覚後は「止める→報告→確認→弁護士相談」の順で動く
「渡されたから使った」という前提での業務は、制作会社として非常にリスクの高い状態です。一度の著作権トラブルで失われる信頼と、そこから復旧するコストは、事前の確認フロー整備にかかるコストとは比較になりません。
まず今日できることは、直近のプロジェクトで使っている素材の出所が確認できているか、チームで棚卸しすることです。それが最初の一歩です。
この記事は2026年5月時点の情報に基づいています。著作権法の解釈・各ツールの利用規約は変更される場合があります。個別の案件については専門家(弁護士・弁理士)にご相談ください。
よくある質問(FAQ)
・A. はい。実際に侵害物を制作・公開した者として制作会社も責任を問われます(著作権法112条・民法709条)。「クライアントが提供した」という事実は情状として考慮されることがありますが、確認義務を怠っていれば過失責任は免れません。
・A. 「合理的な確認義務」として、①素材の出所・ライセンス証明の書面確認、②不自然に高品質な画像の疑義確認、③過去に問題がなくても毎回確認するフロー整備が求められます。契約書に「素材の著作権はクライアントが保証する」旨を明記することも重要です。
・A. ①即時に使用停止・公開停止、②クライアントと連名で著作権者への報告・謝罪、③損害の範囲確定(印刷物の回収・Webページの削除など)、④今後の責任分担の書面化、という順番で対応します。初動が遅れるほど損害が拡大します。


